四畳半フォークを聴いて思い出した、1970年代のなんともいえない空気感

YouTubeを何気なく流していたら、ふと「四畳半フォーク」が耳に入ってきた。

四畳半フォーク。

この言葉だけで、分かる人には分かると思うんだけど、なんとも言えない昭和の湿った空気があるのよ。

1970年代。

俺氏がまだ幼稚園だったのか、小学校低学年だったのか、そのへんの頃に流行っていた音楽だと思う。

若い恋人同士が、狭い部屋で、お金もなくて、それでも一緒に暮らしている。

たぶん当時の大学生の同棲生活とか、貧しい若者の暮らしぶりとか、そういう世界観を歌ったやつ。

懐かしい。

たしかに懐かしいんだけど、聴いているうちに気持ちが少し沈んでしまった。

なんというか、あの時代の音楽って、ただのノスタルジーでは片づけられない重さがあるんだすな( ´-` )

YouTubeで偶然流れてきた四畳半フォーク

昨夜、YouTubeを何気なく流していたら、ふと「四畳半フォーク」が耳に入ってきた。

いや、別に自分から探して聴いたわけじゃない。

おすすめなのか関連動画なのか知らんけど、YouTubeが勝手に流してきたわけだ。

便利な時代だよね。

こっちが忘れていたものまで、勝手に掘り起こしてくるんだから。

四畳半フォーク。

この言葉だけで、ある世代の人には、なんとも言えない空気感が伝わるんじゃないかと思う。

1970年代。

俺氏がまだ幼稚園か、小学校低学年くらいだった頃に流行っていた音楽。

もちろん当時の自分が、歌詞の意味を深く理解していたわけではない。

子どもだからね。

恋だの貧乏だの同棲だの言われても、分かるわけがない。

ただ、テレビとかラジオとか、大人たちの会話とか、街の空気の中に、そういう音楽が自然に流れていた記憶はある。

久しぶりに耳にした瞬間、ちょっとだけ懐かしさが出てきた。

「ああ、これあったな」

そんな感じ。

でも、そのあとすぐにやってきたのは、明るい気持ちではなかった。

「ああ、これはちょっとしんどいな」

そんな感覚だった。

懐かしいのに、気持ちは沈む。

なんだこれ。

昔の自分に軽く引っ張られる感じ。

まあ、YouTubeも余計な扉を開けてくれるもんだすな( ´-` )

四畳半フォークに描かれていた当時の若者の暮らし

四畳半フォークに描かれていたのは、その当時の若い恋人同士の貧しい暮らしだった。

狭い部屋。

お金のない生活。

将来への不安。

それでも一緒にいる二人。

たぶん当時の大学生の同棲生活とか、若者の質素な暮らしぶりが背景にあったんだと思う。

今の感覚で見ても、ずいぶん暗い。

湿っぽい。

そして重たい。

今だったら、わざわざそんな生活を歌にするのか?って思うかもしれない。

でも当時は、それがある意味でリアルだったんだろうね。

きれいごとではない恋愛。

夢だけでは食べていけない若さ。

貧しさの中にある小さな幸せ。

そしてその幸せを二人で分かち合う時間。

そういうものが、歌の中にぎゅっと閉じ込められていた。

それはそれで、当時の若者には刺さったんだと思う。

「分かるわー」

みたいな感じだったのかもしれない。

ただ、今あらためて聴くと、その世界にすっと入り込むというより、少し距離を置きたくなるんっすよね。

なんだかね。

俺氏も年をくったわけだ。

ちょっと寂しいけど、若い貧しさを、ロマンとして聴けなくなっている。

狭い部屋で二人。

お金はない。

明日も見えない。

でも愛がある。

いやいやいや、しんどいだろ、それ。

そう思ってしまう。

若い頃なら「それでも一緒にいられれば」みたいに思えたのかもしれない。

けど今の俺氏は、まず暖房代と食費と家賃を考えてしまう。

すでに夢を投げてたのか。

はたまた厳しい現実しか見えなくなったのか。

でも生活、とういか人生って、そういうもんじゃないっすか。

懐かしさより先に感じた、時代の暗さ

不思議なもので、昔の音楽を聴くと、懐かしさだけじゃなく、その時代の空気感まで一緒に戻ってくる。

四畳半フォークを聴いていて感じたのは、まさにそれだった。

メロディーとか歌詞そのものというより、その奥にある空気。

時代の閉塞感。

暮らしの貧しさ。

若者の不安。

敗戦後の日本にいまだになんとなく世の中全体に漂っていた重さ。

そういうものが、音楽の向こう側からじわっと滲み出てくるようだった。

もちろん、当時の音楽を否定したいわけではない。

その時代を生きた人たちにとっては、切実で、正直で、心に刺さる表現だったんだと思う。

たぶん、明るく元気に「未来はバラ色!」みたいな歌だけでは、どうにもならなかったその時代の気分もあったんだろう。

だから、あの湿っぽさや暗さにも意味があった。

そこは分かる。

分かるんだけど、今の自分にとっては少し重すぎ、だな。

「懐かしいな」と笑って聴ける曲もある。

一方で、懐かしさの奥にある暗さまで連れてきてしまう曲もある。

今回の四畳半フォークは、俺氏にとって後者だった。

なんか気分が晴れない。

昔を思い出して、ほっこりするというより、古い押し入れを開けたら湿気た空気が出てきた感じ。

ああ、これだ。

そういう感じだ。

懐かしいけど、長く吸っていたくはない空気。

そんな音楽だった。

今のZ世代には想像しにくい世界観かもしれない

この世界観は、今のZ世代の人たちには、なかなか想像できないんじゃないかな。

もちろん、今の若い世代にも今の苦しさがある。

将来への不安もあるだろうし、経済的な厳しさもあるだろうし、人間関係の悩みもある。

そこを軽く見るつもりはない。

むしろ今の若い人たちも、別の意味で大変だと思う。

ただ、四畳半フォークに出てくる貧しさや暮らしの匂いは、今とはかなり違う。

スマホもない。

SNSもない。

コンビニも今ほど身近ではない。

情報も少ない。

選択肢も少ない。

娯楽も限られている。

狭い部屋で、若い二人が肩を寄せ合って暮らす。

お金はない。

未来も見えない。

でも、それでも一緒にいる。

それを美しいと感じるか、重たいと感じるか。

そこは人それぞれだと思う。

ただ、今の感覚では少し遠い世界だろう、と思う。

今なら、何かあればスマホで調べる。

誰かとつながる。

動画も見られる。

買い物もできる。

便利すぎるくらい便利だ。

でも、当時はそうじゃなかった。

部屋の狭さも、情報の少なさも、生活の重さも、今よりずっと逃げ場が少なかったんじゃないかと思う。

だからこそ歌になったのかもしれない。

そして自分自身もまた、今あらためてその世界を聴いたとき、すんなり受け止めることができなかった。

時代は変わった。

それと同時に、自分の感じ方も変わった。

まあ、俺氏もどっぷり令和のぬるま湯に浸かってるわけだ。

それが悪いとも思わんけどね。

音楽は、その時代の空気まで連れてくる

音楽のすごいところは、ただメロディーを思い出させるだけではないところだ。

その曲が流れていた時代。

その頃の街の雰囲気。

家の中の空気。

テレビの音。

大人たちの会話。

子どもの頃には意味が分からなかった、世の中の重さ。

そういうものまで、一瞬で連れてくる。

今回、四畳半フォークを聴いていて、自分はただ昔の曲を聴いていたわけではなかった。

1970年代の空気の一部を、少しだけ吸い直していたんだと思う。

そして、その空気は思ったよりも、暗かった。

懐かしい。

でも、戻りたいわけではない。

知っている。

でも、もう長く浸っていたくはない。

そんな気持ちになった。

年齢を重ねると、昔のものを何でも美しく感じるわけではない。

むしろ、昔を知っているからこそ、

「あの頃はあの頃で大変だったよな」

と思うこともある。

昔はよかった。

そう言いたくなるときもある。

でも本当にそうか?と考えると、いやいや、あの頃はしんどい思い出しかないぞ、の方が多い。

便利じゃない。

暗い。

重い。

閉じている。

そういう時代の空気も、たしかにあった。

四畳半フォークは、自分にとってそんなことを思い出させる音楽だった。

軽く流れてきたくせに、けっこう重たいものを置いていった。

YouTubeめ。

何してくれてんだ、って感じだすな。

まとめ

YouTubeでふと流れてきた四畳半フォーク。

最初は「懐かしいな」と思った。

でも聴いているうちに、ただ懐かしいだけでは済まない感情が出てきた。

若い恋人同士の貧しい暮らし。

狭い部屋。

将来への不安。

それでも一緒に生きているような世界。

そこには、1970年代ならではの空気があった。

今の若い世代には、きっと想像できないと思う。

そして俺氏にとっても、もう気軽に浸れる世界ではなかった。

音楽は、ときどき記憶の扉を勝手に開けてくる。

今日開いた扉の向こうにあったのは、懐かしさよりも少し重たい昭和の空気だった。

懐かしい。

でも、ちょっと暗い。

そして、今の自分には少ししんどい。

そんなことを感じた一日だった。

まあ、昔の曲もほどほどに聴くのがいいのかもしれない。

懐かしさに浸るつもりが、湿った昭和の四畳半に引きずり込まれることもある。

ということで、今日はこのへんで。

次はもう少し明るい曲にしてくれ、YouTube。

そんな感じだすな( ´-` )

コメント

この記事へのコメントはありません。

PAGE TOP